自分が悶々としている間にも、
女は夜の街に繰り出し、
知らぬ男と時を過ごしている。
かく言う自分だって、
自分のコミュニティの仲間たちと、
賑やかな生活を送っている。
お互いどう想っていようが、
世界は何も変わらない。
でも、自分の世界の一角に、
そっと置いておきたい人はいる。
出来れば自分も、相手の一角になっていたい。
五番街のマリーで良いのだ。
「好きな人いるの?」と聞かれ、
「結婚してるよ」と答えると、
「実は、私、知ってたよ」と言われた。
「私、あなたみたいな人と結婚したかった」
と言われた。
同じ台詞を、昔言われたことあった。
きっと誰に対しても言っているんだろう。
そんな事はわかっているのに、
自分の忘れかけていた感情に、溺れている。
タクシーに乗り込むと、
「いい匂いがする」
と言って、膝の上で寝てしまった。
女は、この一晩で、
数名の男からのラブコールを断っていた。
入り組んだ路地を進むと、
わずか10名ほどが座れる、
小さな鉄板焼の店舗が現れる。
カウンターの木製の椅子に腰掛け、
独り、一杯のビールを注文する。
隣の客のアワビが焼ける様子を眺めていると、
15分ほど遅れて、女が入店する。
真っ白の肌に、可憐な容姿。
頭からつま先まで静かに纏まっている。
4ヶ月前と、変わらない。
女は、自分を見つけると、
小さく手を挙げ、微笑んだ後、隣に腰掛けた。
一つ一つの仕草が、丁寧で、繊細だ。
ここ何年も、話せなくなっていた事に気付いた。
自分の本音を他人に伝える機会が無かった。
そういうものだと納得しようとしていた。
それが、この女は、するりするりと、
自分の本音を引っ張ってくる。
なんだか、夢を見ているようだった。
この感覚は、久しい。