ふとした瞬間に思い出す一夜がある。
記憶を手繰り寄せて書く。
独りバーで待ち続けた、春夜の話。
確か21時頃から独り店に入り、
酒を飲みながら相手を待っていたけど、
気づけばすでに22時半を回っていた。
目の前には、二杯目のゴットファザー。
アーモンドの甘い香りにはもう慣れてしまっていた。
普段より少しだけお洒落な服を選んで、
靴と時計も、自分が持っている一番高価なものを着けた。
すでに最初にいた客は入れ替わって、中年のサラリーマンや、
常連と思われる単身女性が、半分ほど席を埋めていた。
バーには、ニュー・シネマ・パラダイスのテーマ曲が流れ始めた。
たぶん、目の前のバーテンダーの趣味。
寡黙なバーテンダーとの会話も少しだけ温まってきた23時頃、
ようやく女が入店した。
それが例の女。
会うときは、いつも夜。
薄化粧でも、くっきりした瞳が冴えている。
唇が桃色に光る。太めの眉毛。
髪は軽く巻かれて、薄暗い店内では、茶色いはずの髪はほぼ黒く見えた。
品のある服装で、ベージュのコートを羽織っている。
それを脱ぐと、薄いセーター越しに、豊満なバストが視える。
自他共に認める巨乳。自分が知る限り最高のおっぱい。
惜しげもなく、威風堂々とアピールしてくるのは、
それが自分の武器だと良く理解していたからだと思う。
周りの目を感じながら、でも少し優越感に浸りながら、
深い時間まで飲み明かした。
会話の内容はもはやほとんど覚えていないけれど、
いつも通り、お互いの近況報告だったと思う。
会計は、自分がトイレに行く間に済まされていた。
「友達じゃん。たまには奢りますよ」と。
医者になってから、いや医者になる前ですら、
女に奢られる事なんて無かったので、
強く反発したが、女はそんな事気にせず、
軽くキスして、颯爽とタクシーに乗って帰っていった。