夢見る医者は オペ室に眠る

あれは最高のおっぱい

死に際

ここ数ヶ月、いくつか人の不幸が重なっていた。
お世話になった若い上司が危篤になり、
癌で死ぬって、こんなに悲惨なのかと震撼した。

電話をすると、
泣きながら、最期の晩餐を作っていた。

何も出来ず、申し訳なく思った。
最期に声を聞いてから11日後に永眠された。
通夜も告別式も開かれないので、
自分の心の整理が付かない。
寡黙で孤独な人だった。
格好良い人だった。

連絡先を知らない

少しだけ、寝た。
慌ただしくなってしまった朝、
シャワーで濡れた自分の髪を触られ、
「びしょびしょですね」と笑われた。
艶やかだなあ。

車で駅まで送って、
最後にほっぺをつねってお別れした。

そういえば、彼女の連絡先を知らない。
職場はしばらく離れ離れ。
次に会うのはいつだろう。
しばらく、この甘美な思いは続きそうだ。

艶やかは耳元で

薬剤師の後輩が遊びに来た。
ずっと一緒に仕事をしてきて、
綺麗な人だなとは思っていたけど
初めてプライベートで会った。

散々、職場の話で盛り上がった後、
ベランダで、ランプを焚きながら、
最後の寝酒を飲んだ。
日本酒の瓶のラベルが、ランプの光に照らされている。
ガラスに入れたスナックも良い味を出している。
ランプの向こうには、いつもの街の夜景が広がる。
夏の空気は濁っていて、
普段見えるスカイツリーは見えず、
残念だと言ったけど、彼女は楽しんでいた。

耳元で、「モテるでしょう?」と言われた。
俯いたまま、小さくそう言ったときの
艶美な風情が印象的だった。
彼女がモテる理由がよくわかった。
気づけば太陽が昇っていて、少し慌てた。

外科志願者たち

外科に全く興味を持っていなかった研修医が、
なんと2人も、外科に興味を持ち始めてくれた。
こんなに嬉しいことは無い。

「心配なのは、俺、先生みたいに体力ないんです」
と言われたのはさらに驚きだった。
体力の無さがコンプレックスだったくらいなので。

しかも彼ら、ここへきてやる気を出している。
俺に手術やらせて下さい、とか
俺にあの患者担当させて下さい、とか言ってくる。
手術を教えるのは骨の折れる事だし、
こっそりバックアップするのも気がすり減る。
ただでさえ多い仕事が、さらに増える。
しかし、こんなに嬉しいことはない。

鞄磨き気分転換

朝起きて、窓から外を眺めてみたら、
久しぶりに気持ちの良い晴天だった。
桜は完全に散って、葉桜が眩しかった。

見下ろすと、道路は公園へ向かう家族連れで賑わっていた。
マスクもしないでキャッキャ騒いでいる。
緊急事態宣言が出てるのに、この呑気さよ。
現場と世間は、こんなにも解離があるのか。
当面、コロナは収束しないのだと確信に変わった。
そして、この状況に怒りを感じているのは
自分だけではなかったみたいだが、
この怒りが諦めに変わるのには
そんなに時間はかからないでしょう。

そうは言いつつ、現状で最前線にいるのは、
感染症内科、呼吸器内科、一般内科など。
コロナ最前線に立つ外科医はまだ少ない。
不要不急の手術・内視鏡が延期になる今、
外科医の仕事は、明らかに減った。

そしてなぜかわからないが、外科系救急患者も減った。
たまに酔っ払った外傷が来るくらい。
時間があったので、当直中、鞄を磨いてみた。
買ったばかりのCOACHのクラッチバッグ
結構汚れてしまっていた。
リムーバーで汚れを落とし、クリームを塗り込んだ。
しばらくネル生地で磨き続けると、
買ったときよりも少し、輝きが出てきた。
革を育ててる感がたまらんなぁ。
すべすべになって、気持ちが良い。

早く、収束しますように。
外科医には祈ることしか出来ず。

答え合わせ

突然、心の距離を感じた時期があった。
定期的に来るメッセージも、パタリと止まった。
職場の飲み会にも一切来なくなった。
理由を聞くのもみっともないので、
あえてこちらも詮索はしなかったが、
なんとなく、予想はついていた。

それでも、3ヶ月もすると、
少なくとも自分は心寂しくなり、
久しぶりに予定を合わせて二人で飲んだ。

別に何も変わっていなかった。
いつもの明るいおっぱいちゃんだった。
自分が悶々としている間にも、
彼女は毎晩夜の街に繰り出し、
夜な夜な彼女を囲む仲間と時を過ごしていた。

会計時には、やっぱり二人分を払おうとしてきた。
また自分に貢ごうとしてくる。
普段は自分がお金を払うことなんてないのに。
そんなに稼いでいるわけじゃないのに。

それと、
「なんとなく予想していたこと」は、
どうやら正解だったようだ。

静かな甘え

年上の女が、友人を連れて遊びに来た。
初めて酔っ払った彼女を見た。
床に寝転がった彼女は、静かに甘えてきた。
何も語らず、ほとんど動かず、
静かに握った指先だけ動かしていた。

女の友人と締めの薄いビールを飲んでいたら、
とっくに終電が終わっていて、
結局二人共うちの泊まっていった。

バックミュージックは、Rossiniの絹のはしご
翌日仕事だったのは自分だけだったので、
後悔したのはたぶん自分だけ。

昨日は、高速道路から見えた
夜景のむこうの富士山がとても綺麗だった。
抗癌剤投与中の患者が、
一人外来に来なくなった。
こんなの気にしてたら仕事にならないけど、
事あるごとにプレゼントくれる良い人だった。
気になってる。